Watching Defrag
Windows 95がわたしの最初のパソコンだった。電源を入れると、ディスクデフラグというものが標準で付いてきた。HDDの中身を整理整頓してくれるツールで、画面には小さな四角がずらりと並び、パチパチと色を変えながら左へ詰まっていく。眺めていて飽きなかった。
HDDの円盤は外周のほうが内周より読み出しが速い。考えてみれば当たり前で、同じ回転数なら線速度は約2倍違う。だから頻繁に読むファイルを外周に寄せると、それだけで体感速度が変わる。デフラグはその物理に合わせて、断片化したファイルを連続した領域に並べ直し、ついでに使用頻度の高いものを外側に寄せる。理屈は単純だが、見ていると小さな四角が意思を持って動いているように見えた。
OS付属のデフラグでは飽き足らず、最終的にDiskeeperという有料ソフトまで買った。もともと1981年からVAX/VMS向けに作られていたソフトで、エンタープライズ用途では一時95%の市場シェアを持っていたらしい。サーバー版は数百ドル、大容量ボリューム向けのEnterpriseServer版はさらに上で、家庭で買うソフトの値段ではなかった。わたしが買えたのは個人向けのProfessional Editionだった。NASAやFortune 1000を顧客にしたツールを、自宅のPentiumマシンに入れて、寝る前にスケジュール実行をかけて、起きたらきれいに整列した四角を見て満足する。いま思えば変な趣味だった。
SSDの時代になって、デフラグは姿を消した。SSDは物理的に円盤を回しているわけではないので、外周も内周もない。どこに置いても読み出し速度は変わらない。整列という概念そのものが意味を失った。むしろデフラグはフラッシュメモリの書き込み回数を不必要に消費するだけになる。代わりにSSDのコントローラーはウェアレベリングという仕組みで、書き込みを偏らせないように、わざわざ使われていない領域へデータを動かしている。整列が無意味になった場所で、別の理由でデータの位置が動いている。Windows 10以降はSSDを検知すると、最適化と称して実態はほぼTRIMコマンドを送るだけになっている。整列の儀式は形だけ残っている。
しばらくその感覚を忘れていた。最近、AIに作業を任せて画面の前でじっと眺めている時間がある。コードを書き換え、テストを走らせ、ログを読み返し、エラーが出れば直してまた走らせる。わたしはコーヒーを飲みながらそれを見ている。ずっと黙って見ているわけでもなく、無駄な処理に走ろうとしたり、考慮が抜けていたり、テストを書かずに済ませようとすると横から止める。流れを邪魔しないほうがうまくいくこともあれば、邪魔しないと壁に突っ込むこともある。
席を立つことはできる。離れて他の用事を済ませてもいい。それでも気がつくと戻ってきて、画面を眺めている。時間が溶けていく。
その手持ち無沙汰の時間に、ふとデフラグだ、と思った。やっていることはまるで違う。整列でも分散でもなく、なにか別の操作だ。デフラグは始めたら最後まで放っておけたが、こちらはときどきハンドルを握り直す必要がある。それでも、なにかが勝手に進んでいくのを画面越しに眺めているという、その構図だけは同じだった。生産的なような、そうでないような、宙ぶらりんの時間。
たぶんわたしは、四角が動くのを見るのが好きなのだ。それがHDDの上であろうと、ターミナルの上であろうと、画面の中で勝手に並び替わっていく様子に、ほっとする。
整列されていくのを見ているとき、わたしも少し整列されている気がする。気のせいなのは、四角だけが動いていてわたしは動いていないことから明らかなのだが。