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AIコーディングで数百万の開発案件を数日で作った、という話が流れてくる。若い会社が内製で片付けたらしい。

気持ちはわかる。わたしにもそんな時期があった。SIerの見積書を見て、なんでこの金額になるんだと思っていた。自分が作ればもっと速いし、もっと安い。技術力が足りないから高いんだろう、と。20代のわたしは本気でそう信じていた。

キャリアを重ねると、見積書の行間が読めるようになる。

法人間の契約は、コードを納品する約束ではない。存在を賭ける約束だ。要件を詰め、設計し、実装し、テストし、納品し、運用し、障害が起きれば契約が許す範囲で対応する。瑕疵担保だけではない。その会社の看板と信用がぶら下がっている。手を抜けば業界に噂が回る。次の案件が来なくなる。だから数百万の見積もりには、コードの対価だけでなく、風評リスクの保険料と、未来の収支を睨んだそろばんの結果が含まれている。

個人が週末に作ったプロトタイプと、法人が契約書に判を押して納品するシステムは、同じ言語で書かれていても別の生き物だ。前者が壊れたら直せばいい。後者が壊れたら、損害賠償と信用の毀損がセットでやってくる。

AIがコードを書く速度を劇的に上げたのは事実だ。だが見積書の大半はコードを書く時間で構成されていない。合意形成、要件の曖昧さとの格闘、テスト、運用設計、そして「問題が起きたときに逃げない」という約束。それらはプロンプトでは生成できない。

怖いものがない若者が、AIの力を借りて、以前よりずっと大きなことを短期間でやれるようになった。それ自体は素晴らしいことだと思う。ただ、本当に怖いのは事故が起きてからだ。そしてその怖さは、事故が起きるまで想像すらできない。