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Friend Request

幼なじみにノルウェー人と日本人のハーフの子がいた。

いまでこそ珍しいと思うが、当時は気にしたこともなかった。大事なのは一緒に遊んで楽しいかどうかだ。彼といると退屈しなかった。楽しいの方向がだいぶ狂っていたが。

マンションの屋上の屋根を歩いた。落ちたらふつうに死ぬ高さだ。自転車で川に突っ込んで流れてみたこともある。いまならニュースに載るかもしれない。当時は誰かの親に怒鳴られて終わりだった。時代が違う。やんちゃな友達だった、と書きかけたが、たぶん彼もわたしのことを同じように言うだろう。お互い様だ。

中学に上がる前に、彼はオーストラリアに引っ越した。なぜオーストラリアだったのかはわからない。ノルウェーでも日本でもない第三の国を選んだ理由を、子どもには聞く術がなかった。

手紙のやりとりはしていた。だが電子メールもスマホもない時代だ。返事を書いて、切手を貼って、ポストに入れて、届くのを待つ。そのサイクルが少しずつ長くなり、いつしか止まった。住所が変わったのか、お互いに忙しくなったのか。理由すら覚えていない。ただ、ふとした瞬間に思い出すことはあった。マンションの屋根の上で笑っていた顔を。

世の中が変わった。ソーシャルメディアが出てきて、世界中の人間を名前で検索できるようになった。Facebookが日本でも使われ始めた頃、ふと思い立って彼の名前を打ってみた。

出てきた。

面影はある。だが子どもを抱いている。屋根の上を歩いていたあの少年が、たくましい父親になっていた。プロフィール写真の背景にはオーストラリアの空が広がっている。

それを見て、満足してしまった。

友達申請は送らなかった。メッセージも書かなかった。元気でやっている。それがわかっただけで十分だった。あの頃の記憶は、あの頃のままでいい気がした。わたしが受けた印象を、彼にも感じてほしくなかったのだろう。

SNSは好きではない。承認欲求がないとは言わない。誰かの投稿に刺激をもらうこともある。だがタイムラインに費やす時間がもったいなくなる。結局、怠惰が勝つのだ。それでもあのとき、地球の裏側にいる幼なじみの無事を確認できたことは、ソーシャルメディアがわたしにくれた数少ないまともな贈り物だった。

手紙は届かなくなっても、存在はわかる。それだけで十分なこともある。