Talk to It
コードを書く時間が減った。チャットで会話している時間のほうが長い。
AIにコードを書かせるようになって、仕事の進め方が変わった。以前はエディタに向かって手を動かしていた。いまはチャット欄に状況を書いている。何を作りたいのか、いまどういう状態なのか、どこで詰まっているのか。それを正確に伝えられるかどうかで、返ってくるコードの質が変わる。
道ばたに賢人が座っているとする。何でも知っていて、何でも答えてくれる。ただし、こちらが状況を正しく説明できなければ、的外れな答えが返ってくる。「なんかうまくいかないんですけど」では、賢人も困る。
かつて、コードで語ればコミュニケーションは不要だった。黙ってコミットすれば伝わった。対人関係の不器用さを技術力で補える時代が、確かにあった。
いま求められているのは、他者の目線で状況を記述する力だ。自分の頭の中にある文脈を、それを共有していない相手に伝える。これは国語の問題だ。論理的に、過不足なく、曖昧さを排して書く。プロンプトエンジニアリングなどという大層な名前がついているが、やっていることはただの作文だ。
そしてもうひとつ、正確な語彙がいる。セレクトボックスとドロップダウンメニューの違い。モーダルとダイアログの違い。ボタングループとトグルの違い。似ているようで意味が違うUIコンポーネントを、正しい名前で呼べるかどうかで、AIが返すコードの精度は変わる。ドメイン知識は消えない。むしろAI時代にこそ、正しい名前で呼ぶ力が効いてくる。
コードを書く能力の価値が下がったとは思わない。だが「伝える力」の価値が、相対的に上がった。書けるけど伝えられない人と、書けないけど伝えられる人。いま後者のほうが速くプロダクトを出せる場面が増えている。やがて採用基準もそちらに軸足が移るだろう。
わたしはコードも書けるし伝えるのも得意だと思っていた。AIに「指示が曖昧でしたので間違えました」と言われるまでは。