Structured Intimacy
タレント事業を始めてから、地下アイドルの現場を運営側から見るようになった。ライブ、特典会、チェキ。外から眺めていた頃には見えなかったものが、内側からはよく見える。
現場で起きるトラブルを「距離感のおかしい人がいる」で片付けるのは簡単だ。だが見ているうちに、それだけでは説明しきれない構造があると感じるようになった。
地下アイドルの現場は、曖昧な対人関係を明確なルールに置き換える仕組みでできている。メンバーカラーがあり、役割がある。特典会の流れ、チェキの撮り方、話せる時間、SNSでの距離感。すべてに明示的か半明示的なルールがある。ファン側にも推し、古参、新規、TO、現場数、認知、レスといった独特の指標があって、関係と序列が徹底的に可視化されている。
普通の人間関係はこうはいかない。どこまで近づいていいか、相手がどう思っているか、いま話しかけていいか。全部曖昧で、答え合わせもできない。だが現場では、チェキ券を一枚買えば一定時間話せる。通えば顔を覚えられる。親密さが制度化されている。
ここがポイントなのだと思う。
ルールが明確で、役割が定義され、予測が立つ環境を好む人たちがいる。ASD傾向や社会不安の文脈で語られることの多い特性だが、「地下アイドルファンには〜が多い」と言いたいわけではない。そんなデータは持っていないし、安易に言うべきでもない。ただ、対人関係の曖昧さが苦手な人にとって、この構造は参加のハードルを下げる方向に働くと思う。
鉄道には路線と形式と時刻表がある。カードゲームにはルールとレアリティとランキングがある。戦隊ものには色分けと役割分担がある。どれも、人間関係や承認欲求や収集欲という扱いにくいものを、わかりやすい構造の中に配置し直している。地下アイドルの現場はその最前線だ。音楽イベントの皮をかぶった、ルールと序列と報酬と承認でできた小さな社会。
普通の社会よりわかりやすい。だから救われる人がいる。
ルールは明確でも、報酬は確率的だ。チェキの時間は金で買えるが、レスや認知は買えない。たまにしか手に入らないものほど、人は深追いする。
そして同じ構造からトラブルも生まれる。ルールの解釈が極端になる。推しとの関係を特別視する。貢献に見返りを求める。わかりやすさは、わかりやすい期待を生む。そして期待は、裏切られるとわかりやすく壊れる。
現場は「特殊な人が集まる場所」ではなく、「特定の特性を持つ人が参加しやすい構造を持った場所」なのではないか。魅力と危うさが、同じひとつの構造から出ている。
運営の側から言えば、これは構造的にリスクの高い業界だ。人の強い感情と期待を預かって成立している。構造がトラブルを生むのなら、運営も構造で備えるしかない。無防備に現場を回すこと自体が、リスクになる。
まだ仮説だ。
——といったことを、事務所と関係者宛てに届いた超長文の怪文書を眺めながら考えていた。