White Flag
受託開発の会社にいた20代の頃、客先の担当者はエンジニアではなかった。
エンジニア出身の人もいたが、現場を離れて久しい人が多かった。技術的な理由を理詰めで説明すれば、たいてい納得してもらえる。「なんで?」と食い下がる人は少なかった。正直に言えば、なめていたと思う。
あるプロジェクトで、初めて自分より上の人間に当たった。
そのPMは自分でカーネルにパッチをあて、デバイスドライバをいじり、独自のフレームワークまで書いていた。技術だけではない。PMとしてのマネジメントも的確で、スケジュールの引き方も、リスクの潰し方も、隙がなかった。理詰めが通じない。通じないどころか、こちらの理詰めの穴を見抜かれる。やりづらかった。
そのプロジェクトでミスをやらかした。詳細は覚えていない。覚えていないのは、ミスの内容よりその後の出来事のほうが強烈だったからだ。
客先に報告しなければならない。わたしはPMではなく、非エンジニアのPMOに電話をかけた。やりこめられたくなかったのだ。技術的な突っ込みが来ない相手を選んだ。計算ずくだった。
報告は滞りなく終わった。ほっと息をついた。
そのとき、受話器の向こうで声が変わった。
「なんでわたしに報告しないんですか」
PMの声だった。電話をひったくったのだろう。低く、静かで、怒りよりも呆れに近い声だった。
適当に済まそうとしたことを、すべて見透かされた瞬間だった。ミスをしたことより、ミスの報告先を選んだことのほうが、よほど質が悪い。それを一言で指摘された。
完全に降参した。言い訳は出てこなかった。素直に謝った。エンジニア人生で、いまのところ最後の無条件降伏だ。
その後、そのPMには随分と世話になった。同郷ということもあって目をかけてもらった。仕事の進め方、品質へのストイックさ。技術でもマネジメントでも、育ててもらったと言ってもいい。
プロジェクトを離れてからも付き合いは続いている。本人はもうあの電話のことなど忘れているようだが、わたしは覚えている。ずっと忘れないだろう。