No Oracle
Claude Codeが、Cコンパイラをゼロから書いたという。
16体のエージェントがRustで10万行を生成し、GCCの拷問テストを99%パスした。Linuxカーネルのビルドもできる。クリーンルームで、既存のコンパイラのソースコードを一切見ずに、2週間と約2万ドルのAPI費用で。技術史のマイルストーンだと思う。
だがここで注目すべきは、GCCがオラクルだったということだ。
同じCコードをGCCに通し、自分のコンパイラの出力と比較する。正解が常に横にある。差分があれば直す。また比較する。その繰り返しだ。果てしない試行錯誤と電気代を消費しても、正解がある限り、いつか到達できる。2万ドルで済んだのは安いくらいだ。
ではオラクルがないものはどうなるか。
システム開発にオラクルはない。顧客の要望は毎週変わる。市場が動けば要件が変わる。昨日の正解が今日の負債になる。正解の定義そのものが揺れ続ける世界で、正しさを証明する比較対象がない。
それでもAIは乗り越えていくだろう。要件定義を読み解き、設計を提案し、テストを書いて検証する。オラクルがなくても、近似的な正解を構成する能力は加速度的に上がっていく。5年後にはシステム開発の大部分をAIが担っていても驚かない。
しかし、言葉と音楽には正解がない。
コンパイラには仕様がある。システムには要件がある。だが「良い文章」や「美しい旋律」には仕様書がない。読んだ人が何を感じるか、聴いた人の身体がどう反応するか。それを定義するオラクルは、たぶん最後まで存在しない。
だからわたしは音楽と言葉のプロダクトを作っている。いますぐにできなくていい。エンジニア人生が終わるまでに、たどり着けるところまで行きたい。だからC++を選んだ。寿命が長い言語で、長い旅をするために。
いや、嘘をついた。C++が使いたかっただけだ。