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Illusion of Control

見積もりを一つだけ出すと、高いか安いかの話になる。

若い頃はそうしていた。最適だと思うプランを一つ出して、これでどうですかと言う。顧客は見積もりを上から下まで眺めて、ここを削れないかと言う。交渉が始まる。削る。合意する。だが納得感はない。削られた側も、削った側も。

あるとき気づいた。選択肢を出せばいい。松竹梅でもいい、AプランBプランでもいい。顧客に選ばせればいい。

シーナ・アイエンガーの「選択の科学」を読んだのは、それからしばらく経ってからだ。老人ホームの実験が書かれていた。部屋の家具の配置を自分で決められる、植物の世話を任される、映画の曜日を選べる。たったそれだけの選択権を与えられたグループは、すべてスタッフに任されたグループより活動的で、社交的で、18ヶ月後の死亡率さえ低かった。選択の内容は些細だ。でも「自分で選んだ」という感覚が、人を生かす。

コントロールできているかどうかではない。コントロールできていると認識できるかどうかが、人間の心理を左右する。動物ですらそうだという。

見積もりに選択肢を入れるようになって、空気が変わった。顧客はプランを比較し、トレードオフを自分で評価し、自分で選ぶ。こちらが誘導しているわけではない。どのプランを選ばれても対応できるように設計してある。だが「選んだ」という事実が、顧客の納得感を変える。結果として受注確率は上がった。

おもしろいのは、ジャムの実験だ。アイエンガーはスーパーの試食コーナーで、24種類のジャムを並べた日と6種類だけ並べた日を比較した。24種類のほうが客は集まる。だが実際に購入したのは、6種類の日のほうが10倍多かった。選択肢は多すぎると逆効果になる。

見積もりも同じだ。5つも6つもプランを並べたら、顧客は選べなくなる。2つか3つ。それが限界だ。選択肢を与えるのは、コントロール感を渡すためだ。選択肢で溺れさせるためではない。

わたしはというと、リポジトリの中にはコントロールの実感がある。人生には、ない。