Skip to content

Level Design

ゲームプロデューサーと話す機会がたまにある。印象に残っている話がある。

スーパーマリオの1-1は、チュートリアルがない。だがプレイヤーはステージを進めるうちに自然とルールを覚える。敵に触れたら死ぬ。だが上から踏めば倒せる。左から右に進む。ジャンプしてレンガを叩けば壊せる。テキストで説明するのではなく、ステージの構造そのものがルールを教えている。プレイヤーは「教わった」とは思わない。「自分で気づいた」と思う。そうやってルールを覚えたプレイヤーが、応用的なステージに進んでいく。

これはレベルデザインと呼ばれている。

日本の大企業において、新卒は金の卵だ。採用して、育てて、組織の中核として長く活躍してもらう。一人ひとりにメンターがつき、途中で辞めさせないように細心の注意が払われる。教育計画もレベルデザインに沿って設計される。最初のタスクは、触れば動く小さなもの。プルリクエストを出して、レビューを受けて、マージされる。次は少し難しいタスク。前のタスクで覚えた知識が使える。成功のたびに「自分でできた」と思ってもらう。こまめな成功報酬。フィードバックも慎重に。挫折させない。教育とはレベルデザインだと思っている。

だが、いつしかレベルデザインは行動心理学という名の心のハックに置き換わりつつある。最近のゲームは報酬の間隔が最適化され、離脱しにくいように計算され、気づけば何時間も経っている。レベルデザインが中毒の設計になっている。

そこにAIが入ってきた。プレイヤーの行動データからリアルタイムで難易度を調整し、報酬のタイミングを個人ごとに最適化する。すべてのプレイヤーに、その人だけの中毒体験を提供できる時代だ。

教育に持ち込まれるのは時間の問題だろう。メカニズムは同じだ。マリオの1-1が美しかったのは、設計者の意図がプレイヤーに見えなかったからだ。見えないまま終わるなら教育だが、見えないまま抜けられなくなったら中毒だ。その境界線は、思ったより薄い。