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Unwanted Ending

しばらく前に亡くなった祖父は映画好きだった。当時高価だったレーザーディスクを何枚も持っていた。スター・ウォーズを知ったのは小学校の頃、祖父の家のテレビだった。ネット配信で気軽に映画が観られる時代ではない。あの感動を学校で友達に伝えても、知っている子はいなかった。

Stable Diffusionが静止画を変えた。Soraが動画を変えた。Kling、Nanobanana。AIで映像が生成できるようになってきた。俳優が演じているかのようなアクションが生成され、業界に衝撃を与えている。映画の生成、ストーリーの生成、キャラクターの生成。すべてが自動化される未来が見えている。

その先にあるのは、エンタメのパーソナライズだ。望む結末。望むストーリー。好みのキャラクターが、好みの展開で、好みの結末を迎える。個々人に最適化された体験。技術的に可能になれば、市場はそちらに向かう。

もちろん、パーソナライズですべてが覆われるわけではない。友人が勧める作品、偶然目に入る予告、親が観ているテレビ。選ばなかった出会いはなくならない。人生そのものがパーソナライズされることもない。病気、別れ、失敗。どうにもならないことは現実が十分に教えてくれる。

ただ、他人が選んだ2時間の物語に黙って付き合う、という体験は確実に減っていく。『火垂るの墓』は冒頭で結末がわかっていた。それでも最後まで観た。『秒速5センチメートル』は再会を期待した観客を静かに裏切った。途中でやめられない。結末を変えられない。その摩擦の中にしかない感情がある。

祖父の家で観たスター・ウォーズは、わたしが選んだものではなかった。祖父が好きだっただけだ。だがあの体験が、いまのわたしを作っている一部であることは間違いない。選べなかったからこそ、出会えたものがある。