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Sewage Design

組織設計の仕事をしていて、ストレスは下水に似ていると思うようになった。

溜めてはいけない。滞留すると腐る。腐った水は周囲を汚染する。だから適切に集めて、適切に流す仕組みがいる。1on1やアンケートは、いわば下水管だ。個人の中に溜まっているものを、組織として回収するためのインフラ。集めた先には浄水場がいる。

問題は、下水管の設計が難しかったことだ。

心理分析を伴うアンケートは、本来専門家の領域だった。角度を変えて同じ質問を複数回聞く手法がある。交差妥当性検証、あるいはライスケールと呼ばれるもので、回答の信憑性を測るためのものだ。「わたしは一度も嘘をついたことがない」にYesと答える人間の他の回答は、割り引いて読む必要がある。こうした設計は産業心理学の訓練を受けた人間にしかできなかった。

AIがこれを変えつつある。

「こういうストレス要因を測りたい」というゴールから逆算して、交差検証つきの設問セットを設計できるようになった。回答の分析も、矛盾検出も、因子分析も、以前なら統計ソフトと専門知識が必要だったものが、自然言語で指示を出せる範囲に降りてきた。組織の下水道インフラが、ようやく中小企業にも手が届くようになってきた。

ITの現場では、正直そこまで困っていなかった。ストレスがないわけではない。だが発生源が特定しやすい。上司との関係、プロジェクトの納期、技術的な行き詰まり。1on1で拾える範囲に収まることが多かった。

芸能の世界に関わるようになって、ストレスの地層がまるで違うことを知った。

ダンスや歌のスキルが伸びない焦り。グループ活動特有の摩擦。人間関係のストレスはITにもあるが、芸能ではその上に、ファンとの関係性という層が乗る。1対1の人間関係に加えて、1対nの関係が重なる。nが増えると、ストレスは線形ではなく幾何級数的に増加する。好意も悪意もnに比例して届く。しかもその好意と悪意は、本人にはコントロールできない。受信専用の回線が常時開いている状態だ。

下水管の口径が足りない。ITの現場で使っていた細い管では、この流量を処理できない。だからこそ、AIで設計できる高度なアンケートが必要になる。表面的な「最近どうですか」では、地層の下の水脈には届かない。

集めたあとどうするか。浄水場とは、マネージャーの傾聴だ。状況そのものをコントロールできなくても、本人が「自分はコントロールできている」と実感できれば、水は澄む。状況の改善ではなく、コントロール実感の回復。それが浄化の本質だと思っている。

下水管はAIで太くできるようになった。浄水場は、相変わらず人間の仕事だ。