Selling Tomorrow
タレントから連絡が来た。SNS経由で、AI学習用の動画サンプルを提供してほしいという依頼が来たらしい。報酬は相場より高い。だが文面は買い切りに読めた。揺れている、と。
日本のタレント契約は独特だ。業務委託契約ではあるが、専属マネジメント契約が付随する。だから本人の判断だけでは動けない。相談してくれたのはありがたかった。この手の依頼は増えている。
TikTokに代表される短尺の動画は、いまやAIで生成できる時代になった。表情、声、仕草。数秒の素材があれば、本人が演じていない映像を作れる。発注する側にとっては魅力的だ。出演料を抑えられる。撮影も不要。スケジュール調整もいらない。
だが演じる側から見れば、積み上げてきた表現を、パーソナリティごと乗っ取られるのに近い。
2023年、ハリウッドが揺れた。SAG-AFTRA——全米映画俳優組合——が118日間のストライキに入った。争点のひとつが、AIによるデジタルレプリカだった。背景に映るエキストラを一度スキャンすれば、以降は本人なしで使い回せる。スタジオ側にとっての合理性は明白だった。演じる側にとっての恐怖も。
ストライキの結果、デジタルレプリカには明確な個別同意が必要になった。包括的な契約条項への埋め込みは禁止。背景演者のスキャン使い回しにも歯止めがかかった。一歩前進ではある。だが完全な解決とは言い難い。技術の進歩は契約書の改訂より速い。
この経緯をわかりやすくまとめている記事を見つけて、タレントに送った。
返事が来た。断る、と。報酬は高かったが、未来を売り飛ばす怖さがわかった、と言ってくれた。
安堵した。同時に、めまいがした。
若い演者から、わずかな報酬で将来の権利をまるごと買い取る。どこにでもある構図だ。芸能でも、スポーツでも、音楽でも。この業界に入って長くはないが、大人が若い才能から搾取する話を嫌というほど聞いてきた。それがAIという最先端の衣を纏って、SNSのDM経由で、今日も誰かのもとに届いている。