Retreat Route
キャリアが始まる前、受託開発の会社でアルバイトをしていた時の話だ。
ペアで仕事をしていた開発者が、納期の前日に飛んだ。連絡がつかない。コードは半端な状態で、仕様の全体像はその人の頭の中にしかなかった。なんとかベテランのエンジニアに泣きついて助けてもらった。退路どころか、現在地すらわからなかった。
いまだに読み返す小説がある。好きな一節がある。引き際を知らない獣は、狩る側の引き立て役にしかならない、というような言葉。原文はもう少し格好いい言い回しだ。
この言葉がずっと引っかかっている。
若い頃は退路を考えなかった。あのとき飛んだ開発者にも、計画された退路はなかったのだろう。契約書の解除条項を読み飛ばした。サービスの縮退計画を後回しにした。本番リリースにロールバック手順を用意しなかった。うまくいく前提で走っていた。退路がないことに気づくのは、いつも追い詰められてからだ。
経験を積むと、最初に退路を確認するようになる。この契約は途中で抜けられるか。このアーキテクチャはコンポーネント単位で切り戻せるか。このプロジェクトが中止になったとき、チームのメンバーはどこに着地するか。前に進む計画より、逃げる計画のほうが難しい。
老練であるということは、正しい立ち位置を確保し、逃げる必要がない状況をつくり、それでも退路を確保しておくことだと思う。
いずれ狩られるにせよ、せめていい勝負がしたいものだ。