Glass Houses
忌憚のない意見が聞きたい、と一行添えてあった。仕事絡みで、AIで作ったツールのGitHubのURLが送られてきた。
仕事の合間に、ざっとgit cloneしてClaude Codeを立ち上げる。構造把握のために、最近はHTMLでレポートを吐かせて自分用に眺めている。Markdownで読むより目が滑りにくいし、章立てや色付けが勝手に入る。送る用ではなく、頭を整理する道具として使っている。
READMEを読み、ディレクトリを覗き、テストを眺める。一通り見終えたあたりで、頭の中に違和感が積もっていく。READMEで謳っている機能と実装が微妙に噛み合っていない。設計の筋が通っていない。途中で思いついたらしい機能が、辻褄を合わせるように後付けされている。利用者がどう使うかという視点が薄い。
最近、AIハラスメントなるものがあるらしい。AIに吐かせた長文を、自分で校正しないまま誰かに送りつける行為のことだという。書き手の頭を経由していない文章は、受け取った側にだけ読む労力を押し付ける。それだけはやりたくない、と思った。
だから送る原稿は、伝えたいことだけを簡潔にまとめ直した。READMEと実装が乖離していること、機能が思いつきで積み重なっていること、誰のために何を解決するのかが曖昧なこと。言いたい放題で対案を出さないのは避けたかった。最後に「自分ならこう作る」という項を一つだけ足して送った。何様のつもりか、と自分でも思いながら。
送り終えてから、急に耳が痛くなった。
書いている最中、ずっと自分の制作物が脳裏をちらついていた。あのリポジトリも、最初のREADMEと現状の実装は乖離している。あの機能も、必要だと思って付けたけど、誰が使うかを真面目に考えていなかった。AIに頼って力ずくで吐かせたコードを、動いたから良しとして、放置している部分も思い当たる。
人の振り見て我が振り直せ、というのは便利なことわざで、自分の棚を一旦下ろせと言っている。下ろしてみると、棚の上には同じ罪状の制作物が並んでいた。
AIに任せると、コードはいくらでも書ける。仕様の曖昧さや設計の弱さを、量で覆い隠せてしまう。動いているように見えるから、自分でも満足してしまう。シンプルに書かれたコードは美しい、と頭ではわかっていても、AIに大量に吐かせたコードを前にすると、なんとなく仕事をした気になる。
仕事の隙間の、ちょっとした頼まれごとのつもりだった。
帰ってきたブーメランが、自分の頭にだけ刺さっている。