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No Stars

ビル・ジョイはコードを書く前に星を見ていたという。

BSDやviやcshを作った伝説のプログラマだ。コードを書く時間より、考える時間のほうがはるかに長かったらしい。問題の構造を頭の中で組み立て、解法が見えたらはじめてキーボードに触る。星を見ながら考え、散歩しながら考え、考え尽くしてから書く。書く時間は短い。

思索の時間は好きだった。問題を前にして、何日も考える。ホワイトボードに図を描いては消し、散歩して、風呂に入って、寝て起きてまた考える。そうしてようやく「これだ」という構造が見えたとき、一気に書く。あの快感を知っている。

いまは要件を雑に書いてAIに投げている。プランが返ってくる。ざっと眺めて、よさそうならそのまま実装させる。星が一度瞬く間に、設計が終わる。

あの時間を取り戻したい。自分の頭で構造を組み立てるあの沈黙を、もう一度味わいたい。これはたぶん、傲慢だ。

だが怠惰が「AIに任せろ」と囁き、短気が「考え込むな、早く出せ」と急かす。怠惰、短気、傲慢。プログラマの三大美徳のはずなのに、傲慢だけが負ける。待てなくなった。考え尽くす前に手が動く。レビューはできる。判断もできる。でもゼロから構造を見出すあの沈黙の時間は、もう戻ってこない気がしている。

この傲慢さを失ったとき、わたしはまだプログラマなのだろうか。