Skinned Knees
30歳手前の開発リーダーが、会議で集中砲火を浴びていた。
仕様調整に失敗したのだ。関係部署との合意が甘いまま実装を進めて、リリース直前にひっくり返った。現場に精通した他部署の管理者たちの詰め方は容赦がなかった。彼は黙って聞いていた。反論の余地がなかったのだろう。会議が終わったあと、カメラがオフになるまでの一瞬の表情を覚えている。
あの失敗は、たぶん彼の財産になっている。
仕様調整というのは技術ではなく政治だ。誰がどの立場で何を守りたいのかを読み、落としどころを見つける。ドキュメントには書いていない。本で学べるものでもない。一度痛い目を見て、次から空気の読み方が変わる。痛みで覚えた知識は消えない。
子どもが初めて立ち上がるとき、必ずこける。こけて、泣いて、また立つ。こけるたびに身体がバランスを覚える。転ばない方法を先に教えても、歩けるようにはならない。
こける権利を奪ってはならない。
そしてシニアの仕事は、こけるなと言うことではない。崖から落ちないようにガードレールを立てることだ。ロールバック手順を整える。レビューの網を張る。こけても致命傷にならない仕組みを作る。転ぶ余地を残しながら、取り返しのつかない事故だけを防ぐ。
もちろん、ビジネス上許されない失敗はある。顧客データの漏洩、資金の喪失、人命に関わる判断ミス。こけていい場所とそうでない場所の見極めが、経験の正体なのかもしれない。
わたし自身、失敗する権利は奪われたくない。年齢を重ねると、周囲が失敗を許さなくなる。立場が上がると、こける姿を見せてはいけない空気が出てくる。だが失敗しない人間は、新しいことに手を出していない人間だ。
年を取ると、こけたケガも大事になる。せめて骨折しないようにこけたいものだ。