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Language Switch

かつて起業したときに代表をしてくれた友人がいる。最年長で、金銭感覚もしっかりしていて地頭もいい。面倒見がよくて技術者として誠実だが、あまり空気は読めない。憎めない人だった。

交際相手がしょっちゅう変わるようで、オフィスでよく電話していた。普段はおっとりしているのに、英語で怒鳴っていたのが記憶に残っている。言語が変わると人格まで変わるのだろうか。日本語では出てこない感情が、英語だと出てくる。翻訳で失われるのは言葉だけではない気がする。

ゲームの翻訳プロジェクトに関わったときの話。AIにしょっちゅう冷たく拒絶された。登場人物の台詞が暴力的だったらしい。R18ではない、ただのMMOだ。さっきまで流暢に翻訳していたのに、突然豹変する。あの友人の電話を思い出した。

もちろんAIの拒絶はガードレールであって人格ではない。仕組みとしてはわかっている。でも欧米圏で調整されたAIたちと日々やりとりしていると、陽気で楽観的な空気を感じることがある。ガードレールの内側にも、学習データが醸す文化の匂いのようなものがある。

AIも思考する言語で結論が変わるのだろうか。わたしたちが見ているのは、いつもその人の断片でしかない。人もAIも。