Lift Heavy
エンジニアとして年を重ねると、たいていのことはなんとかなるだろうという謎の自負が生まれる。
友人の会社がIDCから撤退するとのことで、運用中のラックの契約ごとサーバー群を買い上げた。まさか2026年になって物理サーバーの保守をやるハメになるとは思わなかった。
几帳面な友人だ。配線も綺麗だろうし、物理層のネットワーク設計は信頼できる。もっともスイッチの冗長化なんて記憶の彼方で、ルータのコマンドすら怪しい。最近はサーバーの設定すらAIに丸投げしている。まあそこもなんとかなるだろう。
k3sで遊びたかったし、ECS/Fargateっぽいものを自前で構築してみたかった。電源も増設して、いっそGPUもぶちこんでみるか。けっこう前向きだった。
予備機材として1U/2Uサーバーを30台ほど受け取った。クソ重い。2Uは見た目の割に凶悪で、運ぶだけで腕が限界を迎える。
クラウドネイティブな時代に物理サーバーを触ると、ソフトウェアが抽象化してきたものの厚みを思い知る。わたしたちが毎日叩いているコマンドの先には、誰かが引き回したケーブルがあり、誰かが計算した電気容量があり、誰かが冷却を設計した空調がある。ラック1本の電源容量、冗長経路の取り回し、排熱の気流設計。docker run の裏側には、そういう物理の積み重ねがある。それを忘れると、設計はどこかで地に足がつかなくなる。
翌日、痛くなった腰をさすりながら体力をつけようと誓った。あの友人はいつも二次会の前に帰る要領のいい奴だ。体よく重量物の撤去をなすりつけられたなと気づいたのは、腰が痛くなってからだった。